あひるの仔に天使の羽根を
確かに――此処には何かの力が流れている。
言うなれば、紫堂が持つ力のような……。
緋狭さんは、各務家も特殊な家筋だと言っていた。
樒は、俺のような闇の力を持つというのか。
緋狭さんでも扱えない闇の力を、樒が持つというのか?
――釈然としなかった。
樒が、力を持つということに対して。
樒だけではない。
各務家の住人が、紫堂の力を持っているということに対して。
俺は、彼らには力の波動を感じなかったから。
だけど今此処には、何らかの力が流れている。
それは事実だ。
最後の段を踏み降りた時、連続的な音が聞こえてきた。
バシイ、バシイ。
それは――鞭のようなもので何かを叩く重い音だ。
俺は警戒しながら、その音に近づいていく。
そして――
行き着いたのは1つの鉄格子。
その向こうでは、鞭を振り回す樒と、なされるがままの何かがいた。
纏ったぼろ布から見える、骨と皮の皺だらけの痩せ細った身体。
白髪白髭の、虚ろな目。
もう人を手放し"廃人"化している老人に、樒は鞭を振っていた。
老人の身体が真紅に染まり行く。
それでも老人は無反応だ。
生きているのか、死んでいるのかも判らない。
やがて――
「愛しているわ――
――刹那」
樒は涙を流しながら、老人の唇に緋色の唇を重ね合わせて、抱きしめた。