あひるの仔に天使の羽根を

・誘導 櫂Side

 櫂Side
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樒に気づかれる前に、俺はその場を離れた。


石の扉が片側しか開閉できないのなら、樒の後から抜け出ようとしても閉じ込めれたままになってしまう。


足音を立てぬよう、気配を殺して階段を登る。


酷く――足が重い。


きーんと甲高い耳鳴り。



寝不足だろう。


この地に来てから、俺はろくに寝ていない。


寝ていないのは俺だけではないから、誰もが変調をきたしていてもおかしくはない。


ましてや大方、負傷している。


敵の姿が見えないだけに、誰に警戒心を抱けばいいのか判らないのがもどかしい。


玲は――大丈夫だろうか。



煌は――芹霞に追いついて、守れているだろうか。



そして煌は……。



――本気で……とりにいく。



ずきん、と心が痛む。


真剣故に震えて告げた煌の姿が、脳裏から消えない。


煌にだけみせる芹霞の姿が今更のように思い出された。


俺は芹霞の庇護下ではなく、芹霞を庇護する側の…誰もが羨む堂々とした"王子様"になりたくて。


煌は、良くも悪くもそのままで芹霞にぶつかっていて。


俺と煌のスタンスは違っている。


それでいいと思っていた。


たとえ芹霞と煌が同じ屋根の下で暮らしていても、芹霞にとって誰よりも近い場所にいるのが、隣に立つのが俺でさえあれば。



気づけば――


俺には線を引き、言いたいことを忍ぶことが多くなった芹霞は、煌には今でもその心隠さず体当たりで率直な心を返す。


俺に見せない涙を、煌には見せるんだろうか。




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