あひるの仔に天使の羽根を
8年前の芹霞は、完全に俺だけの芹霞で。
8年後の芹霞は、俺から離れようとしている。
苦肉。
芹霞を手に入れる為にとしてきたことが全て裏目に出ているのか。
だけど俺は8年前のあの姿に戻りたくはない。
はっきりさせたい。
――このままだと、あたし櫂を嫌いになる。
その意味を。
――櫂はもう、あたしを護る義務はないしね。
芹霞が今、俺をどう見ているのか。
例えそれが俺の望まぬ答えだったとしても、そこからまた始めればいい。
自惚れを慢心を捨て、見据えるのは未来ではなく今。
もっと現実的に"今"の足場を固めないといけないのかもしれない。
俺は、俺自身を見つめ直さねばならないのかもしれない。
認めねばならない。
俺には綻びがあることを。
理想と現実は重なり合ってはいなかったと。
その上で。
我慢でも支配でもなく、純粋に今の芹霞を理解出来る俺にならねばいけない。
きっと――玲も動くだろう。
あいつの裏の顔が顕著に表層に上がるようになった今、動かざるを得ない切迫感があるはずだから。
あいつが殻を完全に破ったとき、どんな顔を見せるのか。
どんな"男"の顔で芹霞に接するのか。
芹霞は、それにどう反応するのか。
外界は日差しが強かった。
思わず目を細め――そして瞬間的に見開く。
「……!!!」
目の前には、草原が続いていた。
海原は何処にもなく――あるのは記憶にある以前の風景。
幻覚でも見ているのだろうか。
行きと帰りの風景が何故違う?
重い足を引き摺るように歩き出せば、俺にとっては凶事の温室が出てきて。
甘い花の香りに誘われるように、足を運んで行けば、突然現れた誰かとぶつかって。
「……紫堂様……」
目を腫らせた須臾だった。