あひるの仔に天使の羽根を
「ねえ、イクミ。あの鐘の時間はいつもあるの?」
堅い顔をして、玲がイクミに聞いている。
「毎日、鐘が13回鳴り響く時に、"生き神様"への祈りを捧げねばなりません。私がかつて此処にすんでいた時もそうでした。崇拝をしない人達はああして呪いを受けます。鐘はいつ鳴り響くか判らない。だから迂闊に外も歩けない。そうして恐怖心から信徒になっていくんです。信徒が住まう場所では、ああいうことはないらしいですから」
「しっかしなー、男を食べる"生き神様"に土下座しないと殺されるって酷い話よね。"生き神様"というくらいなんだから、神様なんでしょ?」
芹霞がまだびくつきながら言うと、玲が少し考え込んでから、イクミに訊いた。
「僕ね、"生き神様"はある契約に縛られ、邪悪なる蛇の力で身動き出来ない状態だと、"聖痕(スティグマ)の巫子"に聞いたんだけれど、それについて何か判る?」
しかしイクミは困ったような顔をして、頭を横に振った。
「すみません、詳しい話は…。私の知識の源は全て刹那様ですので、刹那様なら判るかと。きっと"聖痕(スティグマ)の巫子"のこともご存じでしょう」
「"聖痕(スティグマ)の巫子"?」
俺は耳慣れねえ単語を反芻した。
「ああ、煌は知らなかったか。各務須臾のことだよ。彼女は祭の前の儀式というものによって、"生き神様"に一生を捧げる気らしい」
須臾という、何だか好意的には思えねえ女を思い浮かべれば、自然と嘲るような嗤いが出てしまう。
「それはそれは。ご大層な精神だけどよ、あの女…そこまで神聖だと思うか?巫子ったらさ、もっと禁欲的(ストイック)で神秘的な感じがするけどよ、櫂への迫り方見てると、どうもさ……」
言葉を切ったのは、横に居る芹霞が途端に俯いてしまったからだ。
両手に力が入っているのが判る。
それだけ見れば、今芹霞がどんな表情をしているか判ってしまう。
だから、俺は胸が苦しくなってたまらない。
心臓が嫌な音をたてて、ぎゅうぎゅうに俺を締め付けてくる。