あひるの仔に天使の羽根を

・縫合 玲Side

 玲Side
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"芹霞の傷口が開いた。縫合材料を持って早く帰ってこい"


僕が囁いた言葉に、煌は顔色を変え、途中イクミを担ぎ上げて全速力で出て行ったというのに、中々帰ってくる気配がない。


僕は、"シキミ"という名の姿を消した少女のベッドに芹霞を横たえる。


ここから先は、芹霞は"患者"だ。


何度もそう言い聞かせ、芹霞の背中のチャックを下げれば、少しずつ露わになる芹霞の上半身。


そのきめ細やかな白肌に思わず魅入られた僕は、先刻までこの手の中にあった嫋やかで柔らかな感触を思い出してしまい、思わず触れて蹂躙したくなる強い衝動を、目をぎゅっと瞑って振り切る。


本当は下着を外した方がいいけれど、欲を抑えるのに懸命な僕には出来ない。


勝手に部屋を漁って拝借した、白いタオルで下着を隠してしまうのが精一杯。


傷口は、思った通り惨憺で。


僕は、書棚の机の片隅に置かれていたウイスキー瓶を思い出し、充電中の月長石と一緒に書斎から持ちだした。


そして琥珀色の液体を口に含ませると、芹霞の傷口に霧状にして何度も吹きかける。


芹霞の顔が苦しげに歪められ、身体がびくんと反応する。


頬に貼り付いた汗ばんだ黒髪を手で梳かしながら、僕はその耳元に囁く。


「大丈夫、僕がいるからね」


意識はないはずなのに、少しだけ芹霞の表情が緩和された気がする。


そんな時、息を切らせたイクミが部屋に飛び込んできて。


「……煌は?」


「神父達に囲まれて、私に早く行けと逃がしてくれて……」


思った通りだ。


契機は脱走犯たる僕の逮捕なんだろうけれど、手を上げてしまった煌も、脱走犯に協力したイクミも共犯と言うことか。


僕にかけられた、当初の罪を考えれば。


性別を偽っていたという"虚偽"がどうのというよりは、"男"であるということ自体が、処罰対象なのかもしれない。


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