あひるの仔に天使の羽根を
あいつはそんなことは望まない。
僕を信じて芹霞の為に闘っている。
ならば僕は、芹霞の為にあいつを信じないといけない。
だから僕は――
「……手伝って、イクミ。芹霞の傷口を縫いたい」
イクミの補助を得て、今僕が出来る限りの処置を芹霞に施した。
途中芹霞が意識を戻そうとすれば、心で謝りながら彼女の鳩尾に軽い手刀を入れて、強制的に意識を沈めていく。
火で炙って殺菌した針と、ナイロン糸で傷を素早く縫合する。
縫合の必要箇所は奇跡的にも僅かであり、縫合手術は至極簡単なものですんだけれど、化膿寸前の炎症を起こした周辺部分、何より芹霞の肌にこんな傷があることに沈痛な心持ちになりながら、歯を食いしばって手当てをした。
そんな最中に、煌は帰ってきて。
「お前の相手になった?」
手を動かしている僕は、振り向きもせず後ろから近づいてくるの煌に訊く。
「まあまあの退屈凌ぎ、10人ってとこかな。折角遊んでやってたのによ、突然引いたんだわ……あの、俺の腕切りつけた女が現われてさ。何か消化不良」
「あの女が…引かせただって?」
それはあまりに奇妙すぎて、思わず縫合の手を止めてしまう処で。
「何だか渋々っていう感じだったけどな……って、うわ!!! お前平然と俺と話しながら、何してんだよ!!?」
突如真横から顔を突き出しかと思うと、僕に釣られるようにして視線をベッドの上に落とした煌は、悲鳴のような声を出して。
「見れば判るだろ。思ったより縫い直さないで済んだのが不幸中の幸い。もう殆ど終わったよ。後は糸を切って……」
「……!!!」
遠ざかる煌の気配。
心配で芹霞に貼り付いていそうな煌にしては珍しいと、ちらりと後方を振り返れば、遠く離れた所で項垂れるようにして床に蹲っている。
芹霞の傷口と縫合様子を直視してショックを受けたようだ。