あひるの仔に天使の羽根を
「……煌、終わったよ。今は僕の結界の中にいるから、夕方までには動けるようになるだろう」
手を洗いイクミに片付けを頼んで、僕は煌に声をかけた。
「玲……お前の力で、芹霞の傷を消すことはできねえのかよ?」
項垂れた姿勢のまま、潤んだ褐色の瞳だけがこちらを向く。
「俺、芹霞にあんな傷があるなんて知らなくて……。あいつ、女なんだよ。あれ、一生背負わないといけねえんだろ? 何とか治せないのかよ」
「………。"回復"の力はね、体内の治癒力の助長であって、瘢痕自体の消去ではないんだ。しかも芹霞の中にまだ残る櫂の闇の力が邪魔して、僕の力は思うように効果が出ない。僕の力で芹霞の傷を治せるようであれば、とっくに治していたよ、入院していたこの2ヶ月間にね」
「お前は平気なのかよ……。ただの切り傷じゃねえんだぞ?」
「煌には、僕が平気なように見えるの?」
堅い声を出した僕に、煌は何も答えず、悲痛な顔を横にそらすと小さい声で言った。
「強えよな、お前は。…俺は逃げてばかりで、肝心な処で役立たずだ。その点、お前はちゃんと芹霞を助ける術を持って真正面から向き合えてる」
「……。もし僕が本当に強いというのなら……」
僕は唇を噛んだ。
「お前が動くより、もっと先に動いていたさ。堂々とね」
そして真っ直ぐに煌を見据える。
「だけど……
僕はこのままで居るつもりはない、お前に言われなくても。
僕だって…限界だ」
それは僕なりの、煌への宣戦布告で。
煌が唾を飲み込む音がやけに大きく響いた。