あひるの仔に天使の羽根を
回り込んで正面に出れば、
「教会?」
大きな扉には、あの十字架と同じものがかけられている。
私を叩きのめしたあの暗紫色の神父は、東京で私に十字架を手渡した。
その十字架と、此の地での神父や修道女がつけている十字架は同一なものだ。
此の地における十字架が、信仰の道具という意味だけではなく…先刻も入り口を開けたような別の使い道もあるのだとしたら、
――壊れたもので恐縮ですが、これを貴方に差し上げます。
――きっと、お役に立ちますよ?
あの男は、何のために私にそれを手渡したのか。
あの十字架は今私の手にはないが、全ての持ち物を各務家に移したと言っていた遠坂由香の言葉を信じる限り、各務家に戻ればきっとあるのだろう。
何故――
無神論者である私は、十字架が気になってしまうのか。
邪悪さを弾く神聖なる十字架には、邪悪の象徴たる蛇が絡んでいる。
此の地の宗教は、神を信仰しているのだろうか。
それとも蛇を信仰しているのだろうか。
「………」
神聖な十字架よりも、邪悪な蛇が目を引く私。
私の中にも蛇が居て、それが蠢いて共鳴しているような…そんな気味悪い錯覚を起こさせる。
私は、決して自分が聖人であるとは思わないし、信じることだけで誰でも救ってくれるという全能の神なるものが存在するとも思っていない。
無神論者だからこそ、自分の力だけを信じているのだ。
もし全てを救う慈悲深い神が居るのだとしたら、私が今まで綴ってきた歴史は、これほどまでに血に塗れていない。
私は此処まで――
見捨てられはしないだろう。