あひるの仔に天使の羽根を

一般的に。


美しさというものは、そこに何かがあるから輝くのであって。


何も無いから、輝くということはあり得ない。


櫂様も玲様も煌も。


各々、"自分"があるからこそ輝いている。


しかしこの男は――。


存在次第が、常識を覆して思考を惑わせる。


負の連鎖。


見ているだけの私までもが、破滅の足音を感じる程で。


それは悪の誘惑というものにも似ているのだろう。


そんな時、久遠の身体がびくっと震えた。


私は気づかれたかと思い身を強ばらせたけれど、


「せり……?」


意外にも彼が興味を示したのは、その名前で。


訝しく思っている私も、次いで芹霞さんの気配が近づいているのを感じた。


つまり久遠は、私より早く芹霞さんの気配に気づいたのであり、それだけでも彼は、唯の放蕩息子ではない。


そして。


どうして――


「せり……」


片手で顔を覆って俯いただけの久遠の姿が、芹霞さんのことを心から憂悶していたのだと私に思わせるのか。


大体、彼は芹霞さんを嫌悪していたはずなのに。


それなのに――


手を外して顔を上げたその瞳の色は。


冷たさを払拭させた、温かな……赤みがかった色に見えて。


それが安堵という"感情"を生じているように思えて。

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