あひるの仔に天使の羽根を
 

早い。


半端じゃない玲の早さ。


本気だ――。


「…櫂。もう一度言う。お前の愛している女は誰だ?」


ぎらぎらとした鳶色の瞳。


まるで。


長年の仇敵を相手にしたかのようなその眼差しとその声音に、正直俺は驚いて。


こんな剥き出しの感情を、今まで玲は俺に見せたことはない。


玲はいつも俺の影に控えていたから。


だけど今の玲は――


俺と同じ地平に立って、俺を見据える…ただの"男"で。


そこには上下関係はなく、相対しているのは…同じ血が流れる"男"。


「だから。俺は須臾が……」


今度は、空気を裂くような蹴りが上段の位置に飛んでくる。


俺がそれを身を捻って躱すと、その軌道を急遽下に下ろし、更に速い速度のまま、反対方向から攻めてくる。


「――ちッ!!!」


それを肘で弾くと、その衝撃波で食卓が吹き飛び壁にぶつかった。


「玲、八つ当たりはよせ。…いい加減、怒るぞ」


それは本心。


例え玲でも、理不尽なことで容赦なく俺を攻撃するのなら、俺は須臾の為に…その愛の証の為に闘う。


「………。八つ当たり…そうとしか感じ取れないのか、お前は」


大きな溜息をついて、気怠げに目を伏せた玲。


そして上げた鳶色の瞳は、先刻までの爆ぜるような光が幾分抑えられていた。


恐らく、意志的に。


「櫂が…芹霞目の前にしても、"すり替え"に気づかないなんてな。

そこまでして、偽りの愛が欲しいか、須臾」


そう、玲は――

須臾に敵意を見せた。
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