あひるの仔に天使の羽根を
例え櫂様公認の想いになろうとも、それで「はいそうですか」と突っ走れる玲様ではない。
櫂様の影という…枷の中で諦めながら生きていた玲様にとって、櫂様のものを自らの意思で"奪う"のは並大抵なことではないから。
玲様は、馬鹿蜜柑のように単純な造りはしていない。
繊細で複雑で。
芹霞さんへの想いを表に出すようになった今の玲様は、相当に切羽詰まっているとしか言い様がない、そんな非常事態だと言える。
その姿が真実の玲様なのかも知れないけれど、それを引き出したのは芹霞さんの力かも知れないけれど、それでも玲様は未だ戸惑いに揺れていて。
櫂様や煌に煽られながらも、どこかでブレーキをかけて、想いの全てを解放することを躊躇っている。
そんな玲様を誰より理解しているはずの櫂様が、
――協力するぞ?
それは禁句だった。
もしそれが櫂様の本音であったのなら、芹霞さんに対する…心変わり出来るようなそんな櫂様の身勝手な想いに振り回されて、玲様は長年煩悶してきたことになる。
それは、玲様をも軽んじたことになる。
櫂様が操られているにしてもそうでないにしても、玲様が真剣であればこそ、それは簡単に向けられるべき言葉ではなかった。
亀裂。
――協力するぞ?
私はあの時。
櫂様、玲様、煌と。
互いを羨むが故の三竦みにあった…危なげなまま均衡を保っていた、芹霞さんを巡る関係に――
とりわけ櫂様と玲様の関係に、皹が入ったような音を聞いたのだ。
櫂様の隣に勝ち誇って立っている、この女こそ元凶で。
彼女の悪意が、安定を保っていた関係に楔を打込んだ。
もしも、普通の年相応の恋愛沙汰で、仮に櫂様の心を溶かしたのが須臾で、仮に芹霞さんの櫂様への愛情よりも勝ったというのなら。
それはそれで仕方が無いことだろう。
男と女の間には何が起こるか判らないから。
だけど、櫂様と芹霞さんの間に限っては、それはありえないはずだった。
それくらいの強い繋がりがあるのは私でも十分判っているし、だからこそ煌も玲様も悩んできたのだから。