あひるの仔に天使の羽根を
 


「……桜?」


心配気な声に、そっと目を開けてみれば。


目の前には櫂様が居て。



「お前……涙?」



今の櫂様には、きっと私の涙など理解出来ないだろう。


今の櫂様には、私が"泣く"こと自体理解出来ないだろう。



「櫂様……私は」



どこからどう見ても、櫂様なのに。



「桜は、どんな櫂様でもお仕えします。

例えそれが……」


櫂様が見知らぬ男のようだ。



「偽りに揺れる櫂様であっても」



目の前の櫂様は、僅かに目を細めた。



「俺は、偽りではない」



私は、焦れたような切れ長の目を真っ直ぐに見つめる。



「偽りではないという"真実"を証明出来ますか?」


「……え?」


「変わらない"真実"を――見せて下さい。

私達を納得させて下さい、櫂様。

私達は、その女(ひと)を櫂様の相手に相応しいとは思いません」


はっきりと私は言った。


「櫂様が"真実の愛"を示して下されば、その時は潔く認めましょう」


私達が妬み羨んだ"愛"は、所詮夢幻に終わる儚いものだと。


此の世には"永遠"など何もないと。



櫂様が、私達が、紫堂が。


全てが破綻の未来に向うことを、

黙って受け入れましょう。


櫂様の中から芹霞さんが消えた世界に、


――好きだよ?


明るい未来など、何もないのだから。





< 750 / 1,396 >

この作品をシェア

pagetop