あひるの仔に天使の羽根を


「……え?」


案の定、芹霞の心は揺さぶられた。


僕ではなく、"櫂"という言葉に過剰反応した。


「櫂は須臾の金緑石に操られている。明日の儀式までに何とかしなければ、本当にそのまま須臾のものとなり、"約束の地(カナン)"で生涯を閉じるつもりだ」


「な……」


「その為には荒療治が必要なんだ。紫堂には櫂が必要なのは、君だって判るよね? 僕じゃ駄目なんだ。だから協力してよ?」


芹霞は暫し考え込んで、そして尋ねてくる。


「だけど、それがどうして、あたしが玲くんと付き合わないといけない理由になるの?」


"付き合わないといけない"


何気ない言葉に、僕の心は傷ついていく。


僕は先刻のことを思い出す。


芹霞が櫂に好きだと言った時。


僅かに――

櫂の顔が崩れた。


そして、芹霞が櫂のことは恋愛感情の"好き"ではなく、その対象は僕だと言った時。


漆黒の瞳が、苛立ちに細められた。


それは――


嫉妬だ。



あれだけ芹霞を突き放し、僕とくっつけようとした櫂が、芹霞の言葉で真情を覗かせた。


そして僕が芹霞に口付けると…櫂の顔は温度を無くして、


深いものにした途端、あいつは須臾を置いて消え去った。


それが無意識的にしても、櫂の心は芹霞を求めている。


今須臾に向けている想いこそが、今まで芹霞に向けていた真情で、今の芹霞に対する冷たい態度こそが、今まで須臾に向けていた態度だ。


すり替えが起こっていることは、櫂は気づいていない。


芹霞を強く想えばこそ、外面的には須臾を深く愛するだろう。


想いが通じたと有頂天になればこそ、僕達がどんなことを言おうと聞く耳を持たず、ただひたすら須臾の術に溺れていく。




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