あひるの仔に天使の羽根を
 

ノックをしてドアを開けた先には、床に機械の部品が散乱していた。


玲は怒って退室したし追いかけた遠坂も泡食っていたし、何かこう……もっと気まずい…閑散として陰鬱な部屋の中を想像していたから、まさかこんな和気藹々とした工作タイムになっていたとは想像していなかった俺は、少しばかり面食らった。


そう言えば、昨夜玲が言っていたな。


調査する機械を改造する必要があると。


私情を引き摺らず、やるべきことをする玲の自制心はさすがと言えばさすがだが、他のことをやらざるを得ない程憤っていたのかも知れない。


「ああ、紫堂ッッ!!! 来るなよ、踏んづけるなよッ!!? 貴重なパーツを壊したら、ただじゃおかないからなッッ!!?」


遠坂が叫んだ。


そちらを見ると、遠坂と玲が分解されたパソコンを覗き込んでいる最中で、桜と俺の知らない痩せた女が、2人の指示通りの部品を手渡していた。


ふと思った。


俺が東京に帰らず"約束の地(カナン)"に居ることになれば、俺は緋狭さんの調査をする必要があるんだろうか。


今、調査の司令塔は玲に移っていて、皆がそれに従っている。


煌だって、玲には従うだろう。


玲は優しいだけではなく、冷酷非情な面がある。


その差異は著しく、だから皆怖れてあいつに逆らえない。


玲の拷問による自白率はほぼ100%だ。


本来であれば、玲は俺の立場で紫堂を率いている男。


それだけの力がある。


俺が居なくても、玲さえ居れば大丈夫だ。


今までそう思い、玲に全てを全面的に任せられてきたけれど、実際俺が居なくても回る現場を見たら……切なくなった。


玲に対する信頼感を失ったわけではない。


皆と共に行動出来ない"これから"を思い、嘆いたんだ。


俺は――


須臾だけを手に入れる為に

俺が今持ち得る全てを玲に譲り

須臾と過ごす未来に――

本当に満足出来るのだろうか。



あんなに欲しくて仕方がなかった須臾なのに。


霞んで思えるのは何故だろう。





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