あひるの仔に天使の羽根を

・捕縛

*****************



「芹霞、来いよッッッ!!!!」



煌の叫びが耳から離れない。


あたしは、煌を傷つけるつもりはなかったんだ。


だけど、動くことが出来なかった。





――本当に付き合おうか。



あの時。


一瞬、玲くんの声音が本気のように思えてしまって、反応が出来なかった。


だけどあたしだって、馬鹿じゃない。


鵜呑みにしてはいけない。


玲くんは櫂にも似て、やると言ったら徹底的にやりたがる人だということをあたしは忘れていた。


優しい玲くんがあたしの嘘に乗じてくれただけではなく、更に完全に櫂を騙しきる為にそこまでの提案をくれたのだと思い至り、そう言わせた自分が凄く情けなくなってきた。


玲くんは最近頓に色気を放ってあたしを揶揄するけれど、それはあくまで玲くんの悪戯の一過性のものであるから笑って許される。


だけど偽装でも"恋人"というものは、次元が違うように思えた。


偽りでも仮でも、その名の元に玲くんは縛られる。


これ以上の忍耐を玲くんにさせたくなかったし、何よりあたしみたいな取り柄一つない平凡女を"彼女"なんて口にさせてしまえば、玲くんが穢れてしまうような気がして仕方がなかった。


玲くんが"恋人"と言うのは、玲くんが本気で好きになった女性で、玲くんに心からの笑顔で紹介して貰いたい。


あたしは彼の汚点になりたくなかった。


だからそれを拒んでいたのに、


"お試し"


玲くんがそこまで"付き合う"ことに固執するとは思わず、正直狼狽した。


だけどあたしは、今まで散々玲くんの優しさに甘えすぎていたから、自分が撒いた種くらい、自分で何とかしたかった。


櫂と須臾の2人があたしの心を抉っても、だけどあたしさえ毅然としていればすむ話なのだから。


玲くんが心を痛めることはない。


彼は優しすぎるんだ。


そんな時、玲くんが言った。


――僕と付き合ったら、きっと櫂は元に戻るよ?


< 808 / 1,396 >

この作品をシェア

pagetop