あひるの仔に天使の羽根を
「どうして……桜ちゃんが?」
あまりに予想外の助け手であり過ぎて、
思わず漏れてしまった本音に、
「桜じゃ……嫌ですか?」
大きい瞳が哀しげに揺れ、その小さな唇が悔しそうに噛みしめられた。
「違う、そうじゃないの。だっていつもは……桜ちゃん、後ろ!!」
殺戮遊戯が――
開始されたのだ。
あたしの悲鳴より早く、桜ちゃんが振り返り様…突き出された大斧を顔を捩って避け、仰向け状態で反り返る無理な体勢で、伸ばされた男の太腕の下碗部に、真上から肘を食らわせた。
男の絶叫。
桜ちゃんの肘を食らった男の腕は、あり得ない角度に曲がっていて、その攻撃が決して軽いものでなかったことは容易に感じ取れる。
曲折した先端に何が飛び出しているのか…確認する勇気が持てないあたしの前で、激怒した男は、反対の手に斧を持ち替えて易々と振り上げた。
桜ちゃんは床に倒れ込む直前、勢いよく足を男の顎に蹴りつけて、その反動を利用し半回転をして態勢を立て直すと、あたしを後方に庇うように片膝をついた。
「芹霞さん。必ず僕が貴方を守りますから」
小さい桜ちゃんの後ろ姿。
以前は女の子にしか見えなかったその華奢な体躯も、今見るとそれは確実に男の子のもので。
「うん。信じている」
その言葉に、顔だけこちらを向けた桜ちゃんはふわりと嬉しそうに笑った。
桜ちゃんがもし、普通の男子高校生としての道を選んでいたら、きっと女の子は放っておかないだろう。
小柄だけど敏捷性に優れたそのしなやかな肉体と、無表情ながらも時折覗く色付いた生気は、桜ちゃんの綺麗な器を彩るものでしかない。
そう、桜ちゃんは男の子だ。
そう認識したら、桜ちゃんが凄く頼もしく感じた。