あひるの仔に天使の羽根を
「確かに僕は…過去、生き残る為に味方を切り捨てました。はい、それはもう残虐な方法で」
いいから、桜ちゃんそんな話!!!
「だけどね……」
ぞくっ。
桜ちゃんがあたしの頬に手を添え、親指でなぞった。
「血が付いてました」
「あ、ありがとう」
この空気の息苦しさは、酸素が無くなっているせい?
桜ちゃんはあたしから手を離さず、その指をあたしの首筋までなぞり落としてくる。
「な、何!?」
鳥肌がたちそうなくらい、ざわざわとした得体の知れないものが背筋に上ってくる。
桜ちゃんの目は、その守護石のように無機質で。
そして…闇のように黒くて。
だから余計恐く感じてしまう。
桜ちゃんの指先が、刃先のような剣呑さを秘めているようで。
桜ちゃんが本気になれば、あたしの命なんてすぐなくなるんだという……"強者"に脅されている気がして。
「桜ちゃん、やめて!!!」
桜ちゃんの指先があたしの鎖骨を過ぎても下降が止まらなくて、あたしは焦り半分恐怖半分、声を荒げてしまう。
するとびくっとして手を引いた桜ちゃんの顔は。
今まであたしがみたこともない程、苦悶の表情に顔を歪めさせていて。
「心が伝わらないという絶望感は…こういうものなんでしょうか」
そこにあったのは、やりきれないといったような切なる表情で。
「え?」
「僕は貴方を怖がらすつもりもなく、貴方を追い詰めるつもりなんて全くないのに。どうして僕が貴方を……」
そして苦しそうにぎゅっと目を瞑ってしまった。
「僕が芹霞さんを殺せるはずないじゃありませんか!!!」
それは初めてあたしが聞く、慟哭のような桜ちゃんの掠れ声。
あたしの勝手な恐怖は……桜ちゃんを思った以上に傷つけていたことを知る。
ああ――
あたしは何人傷つければ、気が済むのだろう。
桜ちゃんまで傷つけるなんて、最低だ!!