あひるの仔に天使の羽根を
 

その時、氷皇の笑いがすっと止んで。


「……?」


氷皇の視線を追えば、降り立った階段から続く、錆びた鉄製の観音扉。


氷皇が指先でそっと扉を押せば、それは簡単に開いて。


俺達の姿を隠すように、遠慮がちに開いた扉の隙間からまず見えたのは、壁に等間隔で飾られた燭台の炎。


そしてそれに照らされ、薄く浮かび上がる男2人。


誰だ?


1人とは若い男で、顔には特徴ある大きな鼻。


頭を捻って考えれば、なけなしの俺の記憶に合致する人物がいた。


あいつだ。


宴の時に、久遠を"兄さん"って呼んでた男。


「久遠の弟? どうしてこんな処に?」


目が慣れてくれば、部屋には……不気味この上ない彫像が飾られているのが判って。


大きさは赤ん坊くらいで、飾り台の上に立っている。


4本の角が髪に覆われた頭から突き出し、大きく開かれた口にはびっしりとした鋭利な牙。腕や上半身は女のものだけど、足の部分は山羊のもの。


どう見ても、怪しい悪魔の像にしか見えねえ。


そして床には、直線状の……重なった三角定規を一筆書きしたかの様な幾何学模様が描かれていたのが判った。


桜と見たあの魔方陣とは全く違い、初めて見るものだけれど、そこから発せられる瘴気は似たようなもので。


即ち、この部屋はそうした類の……禁忌の凶々しい場所だっていうのが俺にも判った。


その中に居る久遠の弟は、虚ろな目をして初老の男と抱き合っていた。


初老の男は、やはり宴の時に久遠を叱りつけた男で。


叔父……柾とか言ってた気がする。


顔が瓜つだ。



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