あひるの仔に天使の羽根を
すると、今まで後方に控えていた桜ちゃんがすっと前に出て、短い黒髪を首筋に滑り落としながら、頭を垂らす。
玲くんもだけれど、どうして鬘(かつら)を取らないのだろう。
取れないのだろうか。
それとも取りたくない事情でもあるのだろうか。
「……櫂様、玲様。
あの馬鹿蜜柑に限っては、
どう考えてもありえそうな事象なので、
桜が"無知の森(アグノイア)"を見回ってきます」
辛辣に言いのけた桜ちゃんが、櫂と玲くんの了承を得て、部屋から出て行った。
「桜が居れば何かと大丈夫だろう。
あれだけ言ったのにな。
"無知の森(アグノイア)"には行くなって」
独りごちたような耳慣れない玲くんの単語に、あたしは聞き返した。
「さっきから皆して何?
"無知の森(アグノイア)"って?」
すると玲くんは少しびっくりしたような顔をして、櫂と顔を見合わせると静かに溜息をついた。
「……聞いていなかったんだね、芹霞も」
確か――
旭くんが何かを語り、皆うんうん頷いていたから、あたしもつられてうんうん頷いた。
皆があたしに微笑んだから、あたしも微笑み返した。
けれど、内容なんて全然判らない。
あたしはずっと煌に怒っていたんだから。
「――…へえ。
ずっと…――――
煌のことだけ考えていたんだ?
僕達の…僕の声なんか聞こえないくらい」