あひるの仔に天使の羽根を
 
――――――――――――――――――――――――――――……

芹霞の部屋の前に、煌が居た。


ドアにもたれ掛って、深く項垂れながら胡座を掻いている。


その様は凄惨な程に痛々しく。


俺が足を止めると同時に、煌の身体がぴくっと反応して、けだるげな顔が向けられた。


「何の……用だよ」


精悍な顔には生気も色も無く、酷く憔悴している。


「芹霞に……会いに来て…。最後だから…謝りたくて」


ひりついた喉奥から出たのは、歯切れ悪い言葉。


煌は苛立ったような細い目を寄越した。


「芹霞? ああ? お前のおかげで玲と朝まで出てこねえよ!!!」


俺は眼を見開いてドアを見た。


「そんな目して今更何だ!? どの面下げてここにいんだよ。お前は俺達や芹霞を捨てて須臾を選んだくせに、未練がましくのこのこ出てくるなよ!!!」


その言葉は、あまりにも辛辣すぎて。


怒りを見せる褐色の瞳に、何も言い返すことは出来なかった。


「お前がな…お前が!!! 全て壊したんじゃねえかよ!!! 壊してまで、そんなにあんな女が欲しいのかよ!!!? 俺達を切り捨てるまで、あの女に価値があんのかよ!!?」


煌は俺の胸倉を掴んで、烈しい威嚇の姿勢を取る。


ぎらぎらに光る眼差しには、いつもの穏やかさは何もなく。


――お前は、俺の憧れなんだ。


あるのは怒り、のみ。


「煌……悪かった。好きなようにしろ」


どう謝っても償いきれるものではないけれど。


せめて煌にだけでも、殴られたいと思った。


再起不能になってもいい。


できることなら。


此処で殺して、解放して欲しい。


もう――苦しくて溜まらない。




< 948 / 1,396 >

この作品をシェア

pagetop