あひるの仔に天使の羽根を
 
「こんな処で危ないじゃないか。いつ誰に襲われるのか判らないのに」


「ああ、ボクなら大丈夫さ。絶対にね」


嫌に自信ありげに、含みもたして笑うその理由を彼女は語らず。


「同じ建物で平然と、コトが終わるのをじっと待てる程、ボクは"鉄女"でもないし」


そう言われれば、僕は苦笑するしかなくて。


須臾の金緑石。


その禍々しさに、櫂は惑ったのだと悟った。


櫂が芹霞以外の女を愛することはありえないから。


芹霞に対する愛情を蘇生させれば、須臾の偽りの愛情は簡単に打ち破れると…だからこそ僕は、己の私情が昂じるままに、櫂への挑発的態度を抑えなかった。


櫂が須臾に向けているのは、12年間分の芹霞に対しての愛情だから、そこに今まで通り"永遠"が向けられるのは当然と言えば当然のことで。


また、物分かり良すぎる消極的な芹霞の態度も、事態を悪くさせた。


生半可な嫉妬では櫂を元に戻せないと危惧したのは、僕が煌を退けたあの時。


芹霞が僕のものだという真実性を持たせるために、僕は煌を利用した。


僕達の間で、感情の赴くままに突っ走れるのは、あいつだけだから。


その煌のストレートな叫びを聞けば、櫂の心は必ず共鳴する……と思いきや、厄介にも櫂は芹霞を思い出す処か、新たに恋心を募らせてしまっていて。


これならば嫉妬心を煽っても、自覚するのは新たな恋情ばかり。


だとすれば。


櫂の堅苦しい性格から考えて、不誠実な自分を責めるあまり、その強い責任感故に…意地でも須臾への愛を貫いて残留を決意すると思った。


僕達の存在では、櫂を覆せない。


例え僕達が、此処に留まって一緒に居たいと駄々こねた処で、須臾の"嫌"の一言で、櫂は僕達への執着を切り捨てるだろう。


そして須臾が、タイムリミットを詰めてきて。


短時間で櫂を戻すには、もう芹霞に頼る外なかった。


芹霞の"心からの呼び声"がなければ無理だと思った。


だから僕は皆に言った。


――僕は今夜賭けに出る。


成功してもしなくても。


芹霞のアフターフォローを頼んだ。


もう僕は――


芹霞の傍にいないだろうから。






< 956 / 1,396 >

この作品をシェア

pagetop