あひるの仔に天使の羽根を
「こんな処で危ないじゃないか。いつ誰に襲われるのか判らないのに」
「ああ、ボクなら大丈夫さ。絶対にね」
嫌に自信ありげに、含みもたして笑うその理由を彼女は語らず。
「同じ建物で平然と、コトが終わるのをじっと待てる程、ボクは"鉄女"でもないし」
そう言われれば、僕は苦笑するしかなくて。
須臾の金緑石。
その禍々しさに、櫂は惑ったのだと悟った。
櫂が芹霞以外の女を愛することはありえないから。
芹霞に対する愛情を蘇生させれば、須臾の偽りの愛情は簡単に打ち破れると…だからこそ僕は、己の私情が昂じるままに、櫂への挑発的態度を抑えなかった。
櫂が須臾に向けているのは、12年間分の芹霞に対しての愛情だから、そこに今まで通り"永遠"が向けられるのは当然と言えば当然のことで。
また、物分かり良すぎる消極的な芹霞の態度も、事態を悪くさせた。
生半可な嫉妬では櫂を元に戻せないと危惧したのは、僕が煌を退けたあの時。
芹霞が僕のものだという真実性を持たせるために、僕は煌を利用した。
僕達の間で、感情の赴くままに突っ走れるのは、あいつだけだから。
その煌のストレートな叫びを聞けば、櫂の心は必ず共鳴する……と思いきや、厄介にも櫂は芹霞を思い出す処か、新たに恋心を募らせてしまっていて。
これならば嫉妬心を煽っても、自覚するのは新たな恋情ばかり。
だとすれば。
櫂の堅苦しい性格から考えて、不誠実な自分を責めるあまり、その強い責任感故に…意地でも須臾への愛を貫いて残留を決意すると思った。
僕達の存在では、櫂を覆せない。
例え僕達が、此処に留まって一緒に居たいと駄々こねた処で、須臾の"嫌"の一言で、櫂は僕達への執着を切り捨てるだろう。
そして須臾が、タイムリミットを詰めてきて。
短時間で櫂を戻すには、もう芹霞に頼る外なかった。
芹霞の"心からの呼び声"がなければ無理だと思った。
だから僕は皆に言った。
――僕は今夜賭けに出る。
成功してもしなくても。
芹霞のアフターフォローを頼んだ。
もう僕は――
芹霞の傍にいないだろうから。