あひるの仔に天使の羽根を
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「やばかったんだよ、本当はね。煌のこと言えやしない。今まで自分からあんなに我武者羅に女を求めたことはないから…高を括りすぎていたんだ、自分の理性に」
そう笑いながら言えば、由香ちゃんはぶほっと変な咳をした。
「ま、まあ…百戦錬磨の師匠が、初めて本気になった"衝動"ということだね」
芹霞は。
きっともう僕には笑ってはくれないだろう。
僕は芹霞との絆を破壊したんだ。
僕に残っているのは
――……芹霞の香り。
甘くて蕩けそうな…蜜のような香り。
そんな残香も…やがて風に消されて無くなっていくのだろう、芹霞の温もりのように。
僕の手には何1つ残らない。
そう思ったら――
涙が零れてしまった。
「櫂がさ、本気で僕を殺そうとしたんだ。しかも禁じていた闇の力まで持ち出して。
ある程度覚悟していたとはいえ、僕…身の危険感じて震え上がったよ。頬も腹も痛いし、本当にもう…泣けてくる」
由香ちゃんとイクミは黙したまま、泣いて笑う僕を見ていて。
「もっと…普通の恋人らしく、手を繋いで遊園地とか水族館とかデートしたり、一緒に甘い物食べたりして、楽しく終わりたかったなあ」
「師匠って、オトメだよね」
ぼそりと、由香ちゃんが言った。
「あはは。そう見える?」
「神崎限定で、ベタ甘な付き合い方しそう」
由香ちゃんの目は、まるで空の月のような三日月型だった。
「だけどさ、師匠。神崎のこと判ってないよね」
「え?」
「神崎は決して師匠を見捨てないよ。自分を犠牲にしてまで紫堂を救ったの判ってて、表面的なことから逃げ出すような、そんな弱い子じゃない」
由香ちゃんは真剣な顔をして僕を見た。
「……。今回は……駄目だ。許されないことを僕はしたんだ」
僕は力なく項垂れた。
「芹霞は絶対、僕を許さない」
自然と震えてしまった僕の手。
「――って、師匠が泣くんだけれど、やっぱり"絶対"?
ねえ――…神崎?」