あひるの仔に天使の羽根を
 
それに表情を曇らせ、端正な顔が次第に強張るのが見て取れたけれど、


――煌、玲くんのトコ連れていって。あたし腰抜けた。


あたしが真っ先に声をかけたのは煌だ。


――はあ!? す、少し……1人にさせてやれよ。大変なんだよ、男ってのは……。


何やらぶつぶつ、複雑そうな顔で知ったように言うから、


――絶交!!!


すると奴は血相を変えた。


とりあえず。


あたしを見捨てた事実に対し、きっちり制裁という名の礼をくれてやった上で、煌を台車に玲くんを探して追いかけてきたんだ。


あたしの名を呼ぶ、櫂を残して。


今は櫂より玲くんが心配だった。


玲くんが、あたしの知る"玲くん"であるのなら。


彼はきっともうあたしの前に現れない。


繊細で優しい…あたしの知る玲くんなら、全てを自分で抱え込んでしまう、典型的な引き篭もりだから。


やっと見つけた先には由香ちゃんがいて。


そして玲くんはあたしを見て、やっぱり驚いてバツの悪そうな顔をした。


いつものようにほっこり微笑んでくれなくて。


そんな罪悪感一杯の沈んだ顔は、一体何対して?


ごめんの一言で全てを無に返そうとする玲くんに、嘆きと怒りを感じた。


ごめんとは何?


あたしと"お試し"したこと?


あたしに何も言わずに襲ったこと?


あたしの前から消えようとしていること?


馬鹿なあたしは、一言だけでは理解できない。


一言で、なかったことにされるのは嫌だ。


櫂を介さなくても続く仲だと、確かにそう言ってくれたのに…それすらその一言で覆すというの?


彼があたしに求めたのは、端から"恐怖"だけだったのかと思えば、自ずと挑発的な態度をとってしまい、衝動的な言葉が飛び出る。


「あたしが恋愛慣れしていないことをいいことに、最初からあたしをからかうつもりで騙していたの!!?」


言ってから思った。


騙すも騙さないも、あたしは自分で思っていた以上に…例え"お試し"であろうとも…"付き合う"という絆を、特別視していたらしい。


そこに、世間一般的な恋愛感情があたしに伴っていなかったにしても、それでも玲くんとの結びつきが強まったことに、あたしは純粋に嬉しかったんだ。


そして今。


それが簡単に破綻するのを嫌がっている。


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