あひるの仔に天使の羽根を
途端、背中に重くのしかかる巨体に、あたしは前のめりになる。
「玲チャンの頑張りに免じて傍観者でいたんだけどよー、何だかよー、俺だけが、思いっっっっっきり損な役回りじゃね?」
首元に橙色の髪がくすぐったいから、それ、やめてって前に言ったのに。
そう手でしっしっと追い払えど、あたしの肩に顎を乗せたまま、抱きついてくる橙色のワンコ。
「俺の告白さしおいて、勝手に玲と"お試し"してるし。なあ、もういいだろう? 所詮は"お試し"なんだから、もう終了しろよ」
玲くんを探す間中、煌が玲くんとのお付き合いを執拗に問い質すから、もう櫂は戻ったことだしと、真相を話したあたし。
以来、どことなくぎくしゃくしていた鈍色の空気がぱっと桜色に変わり、上機嫌になった煌は口笛まで吹いていた。
なんで"ジングルベル"だったんだろ。
「煌さ、いつも試供品とか"お試し"を馬鹿にするけどね、"お試し"は無料である限り、全期間満喫するのが主婦の心得だよ!? そうだったよね、玲くん」
あたしの節約術の先生は笑いを堪えるようにして頷いた。
あたしの所帯じみた…主婦生活のイロハは全て、女の鑑たる玲くんに教わったもの。
彼のアドバイスのおかげで、神崎家の家計は悪化せずにいる。
どんなに緋狭姉が金を持っていようと、あの豪快な性格思えば、いつ破綻するか判らない。
玲くんがいなければ、今頃あたしも煌も路頭に迷っている。
「……玲お前…紫堂の大金平気で動かすくせに、何セコいこと芹霞に吹き込んでるんだよ!!!」
そう煌が、唸るように玲くんを威嚇するから、
「お試しっていうのは貴重なんだからね!!? あんたみたいに正規品先に買ってから、"失敗した~、買わなきゃ良かった~"なんて後悔だらけにならないように、無駄の省いた素晴らしい人生を送るため、絶対必要な人間の知恵なんだから!!! ね、玲くん?」
玲くんは強く頷き、微笑んだ。
「そうだよ、芹霞。正規品を手に入れるためには、"お試し"は絶対大切だ。そのものの良さっていうのを十分味わってからじゃないとね。そうすれば正規品は末永く君だけのものだ。もうそれだけで、生涯他に余所見できないくらい、満足するよ?」