あひるの仔に天使の羽根を
 

 
「"きょうしんしゃ"?」


あたしの質問に、櫂が答えた。


「"狂信者"のことらしい。"約束の地(カナン)"は、1つの宗教に対しての信仰が2つ…穏健派と急進派に分離されているらしい。

先刻お前が聞いていなかった、旭の話を要約すると」


櫂は意地悪そうに、にやりと笑った。


宗教――


あたしは船の上の刺客を思い出した。


修道服。十字架。


あれは何か関係あるだろうか。


「ないとはいいきれない。何せ閉鎖的な"約束の地(カナン)"における情報は何1つ俺達の耳にも入っていない。もし此処でパソコンなど機械類が使える環境にあるならば、玲や遠坂がネット界から情報かき集められただろうが。

イマイチ、旭の説明だけではどんな宗教かよく判らん」


櫂は苦笑した。


それにしても――


「1つの場所に2つの信仰なんて紛らわしいね。宗教だというのなら、教祖様が何とか方向付けをしないものなのかしら」


あたしがそう笑うと、


「せりかさんは、にんげんというものは生まれながらに"善"であると思いますか?それとも"悪"だと思いますか?」


真剣な顔をした旭くんに、突然難解な質問をされてしまった。


「善…とも言い切れないけれど、悪…とも言い切れないような。うーん」


これは――。


倫理の授業でもやったことのある、

"性善説"と"性悪説"というものではなかろうか。


世界的な問題提起を、あたしが結論を下せるはずもなく。


腕を組んで唸るあたしに、旭くんは笑う。


「"約束の地(カナン)"には、"きょうそさま"が崇める"いきがみさま"がいます。そのいきがみさまをたたえるお祭りが、近く行われます。その時だけ、"約束の地(カナン)"で争ってはいけないんです。

いきがみさまによって、"善"も"悪"もまるで関係なく、ぼく達は1つになれるんです。しかしそれが終わればまた――」


宗教上の対立とは、"善"と"悪"だというのか?




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