あひるの仔に天使の羽根を
私は地面に這いつくばるような姿勢で、込み上げる嘔吐感と悪寒に堪えながら、目の前の小瓶を震える手にとって眺めた。
「お前の選択肢は3つ。
このまま…私の結界に包まれたまま、紫堂の力が効きにくい此の地を離れ薬が抜けきるのを待つ方法。お前の快復力を思えば、2週間もかかるまい」
私は――
首を横に振った。
皆を捨てて、惨めな負け犬の姿晒して、戦線離脱だけはしたくない。
そんな自分に成り果てるのなら、死んだ方が良い。
しかも紅皇職に復帰された緋狭様を縛りつけるなど、私の矜持が赦さない。
「このまま廃人と化すか狂死する、"その時"を待つか…」
無情な宣告に、私は唇を噛んだ。
「或いはα-BRを飲み続け、"今"と引き替えに、この先の命を削るか」
緋狭様は、ゆっくりと続けた。
「重ねた摂取による再度の禁断症状に、私の結界が…玲のものと併せたとて、何処までお前の痛みを抑えることが出来るかは判らん。この薬は…摂取すればする程、禁断時の知覚を倍増させる。次回、指で触られただけでも飛び上がる程の痛さに変わるはずだ。その痛みから逃れる為には、結界でおとなしくするよりも、新たなるα-BRを飲み続ける羽目になろうな」
それを聞いて私は――
躊躇うことなく小瓶の蓋をあけて、中の液体を呑み込んだ。
「……桜。薬の代償は大きいぞ?」
私は濡れた口を手の甲で拭いながら、緋狭様を見た。
嫌だ。
嫌なんだ。
「元より、覚悟の上」
例え幻覚だろうと、私は――
芹霞さんを"弱者"だと、切り捨てたくない。
例え薬を飲むことが、根本的解決に至らぬ…自己満足のものであっても、あの幻覚を見るのだけは、真っ平ごめんだ。
「僕は、闘い続けます」
痛みなど、堪えてみせる。
そう言うと、緋狭様は苦笑して――
私の頭をくしゃりと撫でた。
まるで私がそう言い出すのを見越していたかのように、さしたる動揺もないまま…眩しいものを見るようにその目を細め、
「いい面になった」
しかしその響きは、満足気であると同時に…どこまでも憂いを帯びていた。