あひるの仔に天使の羽根を
俺は……どこまで耐えられるだろう?
芹霞が自ら俺の隣に来てくれたのは素直に嬉しいが、俺が身動ぎする度に緊張する様を、俺が気づかないわけがない。
俺と芹霞の間にあるのは、確実な距離。
玲と芹霞の間にあるのは、確実な進展。
そして煌もまた、何かを変えたのだろう。
煌に接する芹霞の様子が、前とは微妙ながらも違っている。
その意味を、俺は突き詰めて考えたくはない。
今の俺には、悪い状況にしか思えないから。
やがて、イクミという名の少女が酒のツマミを持って現れ、
「ねえ…そのキャビア凄い量なんだけど……ちゃんと了解取っているよね?」
そう芹霞が引き攣った顔で尋ねれば、
「んー? 建物主は不在だから、腐るよりはマシだろう」
平然と手で摘んだ高級食材を口に入れる緋狭さんの姿は、今更特に驚愕するものでもなかったが、そんな彼女に俺が発した声は堅かったと思う。
「不在?」
そういえば須臾も別棟に居なかったし、こんなに派手に騒いで駆けつける人間は誰もおらず、気配すらしないのはおかしい。
「そうだ。今この建物はもぬけの殻。今頃"深淵(ビュトス)"の地下広間で饗宴だろうよ」
そう意味ありげに笑えば、煌が首を捻る。
「"深淵(ビュトス)"って何だっけ?」
「位置ぐらい覚えておけ。お前が発情した場所だ」
「……?」
煌は神妙な面持ちで、考え込んでいる。
「ああ、絞れ切れないのか。お前は何処でも発情しているものな、芹霞?」
緋狭さんの笑いに、
「な、何であたしにフるの?」
「ほう、フッてはないわけか。ならば未来は少しは明るいなあ?」
すると、場がしんと静まり返って、
「俺…未来……明るいのか?」
1人浮かれる男に向けられる冷視線は半端なく。
……俺を含めて。
「というのは、冗談だがな……」
「冗談!!? ええ!?」
酷く落ち込む煌は完全無視され、緋狭さんは静かに言った。
「早朝の儀式の準備は進んでいる。須臾はまだ、お前が元に戻ったことを知らない」
その目は俺に向いていた。