あひるの仔に天使の羽根を
悲しげに笑うと、続けて旭くんは言った。
「"約束の地(カナン)"では、曖昧こそが平和だそうです。曖昧なものに線を引くと、悲しみが起る――と、あの人は言っていました」
「あの人?」
「ええ。ここに流れついて、ぼく達に文字や言葉を色々おしえてくれました。女の子供もいました」
「その人は今は?」
「約束の地(カナン)には、"混沌(カオス)"と"神格(ハリス)"の間に、"しんじゃ"と"きょうそさま"がすむ"中間(メリス)"があります。あのヒトは、"中間(メリス)"にいったきり、帰ってはきません」
旭くんは、あたしをじっと見つめながら、少し悲しげに言った。
「あのさ~」
由香ちゃんが会話に乱入してきた。
「ボク、不思議に思っていたんだけれど、キミ達何食べてるのさ?
海のお魚さんだけでは、こんなに血色良くぷにぷにしないよね~?」
そう月ちゃんの頬を横に引いた。
「"なゃにしゅんにょ~"? きゃはははは」
……まだ、引っ張ってるんだ、月ちゃん…。
「"約束の地(カナン)"は、太陽が出ている間は自分たちが住む場所から出てはいけませんが、暗くなれば好きな場所に行くことが出来ます。
此処の"混沌(カオス)"は食べるものがありません。だからぼく達は、"中間(メリス)"にある"深淵(ビュトス)"という食料庫から餌をもらうしかないんです。
"中間(メリス)"で飼われている肉で、ぼく達は"えいよう"をとっています。
"中間(メリス)"のヒトは、ぼく達を"あくま"だと、酷いことばかりします。ぼく達は、生きるために餌をもらいに行くだけなのに」
旭くんはしゅんと項垂れた。
もしかすると、彼だけ翼がないのは、"酷いこと"をされた為なのだろうか。
月ちゃんが片翼の理由もまた同じく。
確かに窃盗は罪かもしれないが、こんな幼い子供を放っておく方がおかしい。
多分、櫂も玲くんも由香ちゃんも、同じことを考えたのだろう。
場が神妙に静まり返った。