あひるの仔に天使の羽根を
「坊。芹霞の邪痕は須臾の切り札だ。お前が逃げぬよう縛ろうとしていると私はみている。
芹霞の邪痕を解くには…芹霞の記憶の中にしかない。13年前、どんな方法で芹霞から邪痕が治まったのか、実は私も知らぬのだ。見つけた時には、もうなかったからな。
つまり。
お前が儀式を行わねば、芹霞の邪痕を盾にするだろう。
今、各務の者達はその力を強める…サバトを"深淵(ビュトス)"で繰り広げているはずだ。
どうするかは、お前の判断に任せる」
そう、緋狭さんは立ち上がる。
「神を信じぬ桜、愚鈍さを嘆く煌、残酷さに怯える玲、貪欲な坊、拒絶する芹霞。無感動の久遠、美醜に囚われた須臾、心が不安定な千歳、禁断の色に走る柾、此の地に君臨する樒。
全てはシロの…思惑通りに動いていたのだ。この私の…動きとて」
その顔は、悔しさが滲んでいて。
「私がしようとすることも、恐らくシロは見越しているだろう。
此処からはシロの奸計と私の力との一騎打ちになる。
せめて、私が時間を延ばしておいてやる。
だから――
此の地がお前達を葬る前に、切り抜けよ?」
俺達は息を飲んだ。
もう俺達は逃げられない事態までに追い詰められているらしい。
恐らく。
緋狭さんが此処にきた時点で、決定的だったのだろう。
だからこそ緋狭さんは来たのだ、氷皇と共に。
「本当はもっと確実な言葉でも向けれればよかったのだが、なにぶん私は妹に甘くてな。これが最大限の譲歩だ。
だが、坊。お前なら、事態を看破出来ると思っている」
そう緋狭さんは笑って。
「坊、ふらつくなよ?」
それは、今までの諫めなのか。
それともこの先のことなのか。
謎めいた言葉を残して、緋狭さんは出て行った。