偽者お姫様
涙が一粒、服を握りしめている手の上に落ちる。そしてそれは次々と、零れおちていった。
ウィズはそっと、リオルを抱き締めた。
「……私のせいなんです」
私があの日、言ってはいけない言葉を、口から零してしまったから。
「サイと二人で、森の中を走り続けました。けれど、森を抜けた先にあったのは崖で、下は川だったんです」
勢いよく流れる水の音が、辺りに響いていた。
擦り傷だらけの二人は立ち止まり、どうしよう、と考えあぐねる。
けれど彼らに時間はなかった。
「……追っ手の銃弾が、サイの脇腹を貫通したんです。そして彼は私の肩を抱き寄せて、そのまま崖の下の川に落ちました」
ふらつきながらも、彼は確かに、力強く彼女を抱き締めた。
決して、彼女が流されてしまわないように。
「気がついたら、私たち二人は河岸のところにいました。けれど彼が手を離してしまえば、流されてしまう程、水の流れはまだ速かったんです」
リオルの体を支えながら、彼は彼女を陸に上がらせた。
そして彼女はサイに手を伸ばした。
けれど。
「……陸に引き上げるのを手伝おうと、私は手を伸ばしたのに……サイはその手を取らなかった」
彼は知っていた。彼女の体力が、もう尽きかけていることを。
自分を引き上げようとすれば、きっと体制を崩し、川に落ちてしまう危険性があることを。
そして彼は、知っていた。
自分の命はもう、長くないということを。
強く、リオルはウィズの服を握り締める。
「シェリーのときと……アゼルのときと同じように、彼も……サイも、最後に微笑みました」
悲しまないで、と言うかのように。
もう会うことができないのならば、せめて最後は笑って別れたいと、伝えているかのように。
力なく、彼の腕は河岸から離れる。
( お前だけは生き残るんだ、デイジー )
その言葉を残して、サイの姿は消えた。