偽者お姫様
過去にその作戦に溺れたものが何人もいるのを何度か見たことがある。
〝主〟の優しさに心を奪われて、〝主〟の傍にいたいという思いが芽生える。
〝主〟である者はその奴隷に過酷な労働はさせず、〝お手伝い〟程度の仕事をさせる。そして、甘いひと時を与える。
この方も、そうするのだろうか。
「いただきます」
そう言うと、魔法使いは「どうぞ」と言う。嬉しそうに、微笑みながら。リオルは一口含む。
温かい。その温かさが、胸の中にも浸透していく。
この感じ……、幼い頃にも感じたことがある。
ああ、〝彼女〟が――エルシーが作ってくれた食事を食べると、いつも感じていたものと同じだ。
彼女の食事を初めて食べたとき。体調を崩したとき。みんなとケンカして、元気がなかったとき。
そのときは、より一層その温かさを感じていた。
「………」
涙が一筋、頬を伝う。
「リ、リオル? どうしたんだい?」
――〝奴隷〟となってから、温かい食事はもちろん、心で感じることのできる食事なんてなかった。
「どこか痛む? 具合が悪いの?」
少し慌てたように、彼は言う。
「ちが、います」
ぽろぽろと、瞳から涙が零れていく。
「おいしくて……」
それに、あなたの優しい思いが、伝わってくるから。
ああ、なのに――。
「そ、そっか」
安堵の笑みに、胸が締め付けられる。
――とても優しい方だと、分かる。なのに、私は疑うことしかできない。
信じることが、こわいから。いつの日にか、裏切られてしまったと思いたくないから。
だから私は、彼の優しさを受け入れようと決心することができない。
けれど。
「よかった」
彼の優しさに報うために、私は彼に尽くそう。彼のために、私は生きよう。
彼が願うのならば、何でもする。
これを言ってしまえば、きっとこの方は悲しげな顔をするだろう。
〝奴隷〟でなくても、〝下婢(かひ)〟という立場になるのだから。