逢いたい夜は、涙星に君を想うから。



咲下にとって、母親は誰よりも大切な存在だった。



前に、俺に話してくれた咲下の言葉が印象的で忘れられない。



“お母さんは……あたし自身の一部なの”

“あたしが生きてるのは、お母さんのおかげだから”



子供にとって、母親というものは誰にとっても、きっと大切な存在だと思う。



だけど、咲下からあの言葉を聞いたときから、咲下の母親に対する思いを強く感じていた。



まるで、どちらかひとりが消えてしまったら、もうひとりも消えてしまうかのような……そんな強い心の結びつきを。



それほど咲下にとって大きな存在だった母親を失って、



彼女は深い悲しみを心に抱えたまま、その悲しみが癒える暇もなく、母親と自分を捨てた父親の元に行ってしまった。



今度は俺が助けたい、守ってあげたい……そう誓ったはずなのに。



あのときまだ高校生だった俺には



彼女のそばにいることも、彼女を繋ぎ止めることも、何も出来なかった。



離れて過ごした時間に、咲下に何があったのだろう。



声が出なくなってしまったのも、精神的なものなのだろうか?



そう考えると、咲下が死にたいと思うほど、つらい出来事が何かあったに違いない。



それとも、母親を失ってから、いまもまだ心の傷が癒えないまま過ごしていて、その悲しみや苦しみに耐えられなくなったのかもしれない。



声を失った彼女に



自分の気持ちを自分の口から話せない彼女に、



何があったのかを聞くのは、酷だと思った。



だから俺は、出来る限り彼女の心の声を聞いてあげたい。



彼女の瞳を見て、表情を見て。



手を握って。



いつかの夜、朝まで一緒に過ごした



あのときと同じように――。



俺は、彼女の心の声を



気持ちを



感じとってあげたいと思った。



「咲下……」



彼女は顔を上げて俺を見つめる。



「お母さんに……逢いたくなったのか?」
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