逢いたい夜は、涙星に君を想うから。
「あ、お母さん、起きてたの?」
洗濯場から病室に戻ってくると、眠っていたお母さんは目を覚ましていた。
最近は病室にいてもお母さんの寝顔を見ている時間がほとんどだから、
起きてくれて、お母さんと話せることが嬉しかった。
あたしがお母さんに笑顔を見せると、お母さんはあたしの顔をジッと見つめる。
「お母さん……?」
なんか目の動きと、表情が……。
「ねぇ、看護師さん。ベッドの下に水がこぼれてるの」
看護師……さん?
病室には、あたしとお母さんのふたりしかいない。
ベッドの下を見ても、水なんて、どこにもこぼれていない。
「お母さん、どしたの?」
お母さんは黙ったままあたしの顔を見つめる。
「もしかして……あたしが誰だかわからない?」
お母さんは無言のまま、まばたきを繰り返す。
「凜だよ?お母さん……」
嘘……でしょ……?
「お母さんの娘だよ……?ホントにわかんないの……?」
こんな日が来るなんて……。
お母さんは、とうとうあたしのことがわからなくなってしまった。
入院してから1ヶ月が過ぎた頃のことだった。
担当医師の話で、薬で意識障害や幻覚、錯覚などが起こる場合もあると聞かされていた。
残された時間がもうあまりないことを感じさせた。
どうしようもない不安と恐怖が襲ってくる。
お母さんは何も悪くない……。
そう全部。あたしのことがわからなくなったのも病気のせい。
「全部……病気のせいなんだから……」
だけどお母さんがあたしのことをわからなくなるまえに、
もっと何か伝えなきゃいけないことがあったんじゃないかって。
もっと話をしておけばよかったって。
いま出来ることを精一杯してあげるつもりで、毎日ずっとお母さんのことを考えてたのに。
結局あたしは、お母さんのために何もしてあげられなかったんじゃないかって……後悔していた。