逢いたい夜は、涙星に君を想うから。
うちのアパートで橘くんと一緒に牛丼を食べた。
橘くんとあたしは、食卓で向かい合って座っている。
「咲下、そんな無理しなくていいよ」
「うん、ごめんね。でもおいしかったよ」
あまり食欲がなくて、半分も食べられなかったけど、
それでも橘くんが一緒に食べてくれたから。
だから、おいしかったよ。
あたしの残した分は、橘くんが食べてくれた。
橘くんが座っている場所は、お母さんがご飯を食べていた場所だった。
一緒にご飯を食べて、お母さんとここで、いろんな話をした。
お母さんとあたしの思い出が詰まってる場所のひとつ。
“凜”
お母さんの優しい声。
“凜、いっぱい食べなさいね”
橘くんの食べる姿を見つめながら、お母さんの笑顔を思い出していた。
「咲下?」
その声にハッと我に返る。橘くんは牛丼の残りを食べ終わっていた。
「あ、片付けるね」
食べ終わった器の後片付けをしようと、イスから立ち上がろうとすると、橘くんがスッと先に立ち上がる。
「俺が片付けるから。咲下は休んでて」
「え?大丈夫だよ?」
「いいから。疲れてるだろ?」
「なんか……してもらうばっかりで悪くて……」
「こんなの、全然たいしたことじゃないって」
そう言って橘くんはキッチンの水でコップや食べ終わった器などを洗い流し始めた。
その背中をあたしは食卓のイスに座ったまま見つめる。
“あと数日だと思われます”
昨日言われた医師の言葉が頭によぎる。
お母さんがいなくなってしまう。
もうすぐ……あたしのそばから。
とっくに覚悟はしていたつもりだったのに。
余命宣告された時から、お母さんが死んじゃうことはわかってたのに。
それなのに。
やっぱり怖いよ……。
死んじゃ嫌だよ。お母さん……。
覚悟なんて全然できてなかったんだ。
お母さん……あたしをひとりにしないで。
置いていかないで。
お母さん……もう少しだけでいいから。
あたしのそばにいてよ。
お願い……。
「……助けて」
小さな声で呟く。
「え?咲下、なんか言った?」
「……橘くん」
「ん?」
橘くんはキッチンの水を止めて、あたしの方に振り返った。
「橘くん……まだ帰んないで」
ごめんね、橘くん……。
「……わかった」
でも今夜は、ひとりでいたくない。