TENDRE POISON ~優しい毒~
「なに?」
あたしはできるだけ平静を装って聞いた。
変に慌てたらダメだ。
「いや、何でもない。見間違いだ」
少しフォルダの位置が変わった気がするけど。
ブツブツ言いながらも、神代は一人納得して椅子に腰掛ける。
何なのよ、もう。
でも変に勘ぐることはできない。あたしは普通の顔して神代の向かいに腰を下ろした。
だけど、神代の意識をパソコンの違和感から逸らせなきゃ……
「で、今日は何をやればいいの?」
「うん。この問題集の問題をね。良さそうなものをピックアップして欲しい」
神代はそう言って問題集をよこした。
あたしはその問題集をぱらぱらめくる。
「ふぅん。複素数。pを素数、a,bを互いに素な整数とするとき(a+bi)Pは実数でないことを示せ?」
あたしは問題を読み上げた。
何だ、前に明良兄の教科書で見た問題だ。それほど難しい問題じゃない。
そしてぴんと来た。これなら神代の意識をそらせるかも。
「P=2のとき(a+bi)2=a2-b2+2abi。a,bは互いに素の正な整数だからab≠0。
よって実数ではない」
あたしは得意げに笑って参考書を開けて机の上におくと、神代は目を見開いてこちらを向いていた。
「君はすごいな。それ、二年の問題だよ」
案の定、神代の目はもうパソコンを見ていなかった。