TENDRE POISON ~優しい毒~
「荷物それだけ?」
鬼頭は小さなボストンバッグ一つだけ手に持って車に乗り込んできた。
タンドゥルプアゾンの香りが戻ってきた。
「うん。当面必要なものだけ持ってきた」
「男みたいな奴」と、まこが隣でため息を吐きながら言った。
鬼頭の登場のおかげで僕は自分を取り戻せた。
危うく自分の気持ちをまこに伝えてしまうところだった。
本当に危なかった―――
――――
――
鬼頭を僕のマンションに連れてくると、まこは一人で歩いて帰ろうとした。
「送ってくよ」という僕の申し出を、
「いや、今は鬼頭についててやれよ」とやんわりと断った。
「じゃ、じゃぁ夕飯一緒に食べてかない?ピザでも取るよ。僕は料理ができないし、鬼頭もこんなんじゃとてもじゃないけど何か作ってる余裕なんてないしさ」
「俺はいいけど、鬼頭は?俺のこと嫌ってるんじゃない?」
僕は「まさか」と思ったけど、念のため鬼頭のほうを伺う。
鬼頭は黙って肩をすくめただけだった。
結局ピザを取ることになった。
鬼頭は傷が痛むのか時折顔をしかめて肩や腕やらを撫でさすっている。
その度にまこが神経質そうに眉をぴくりと動かしていた。
「大丈夫か?」と言って鬼頭を見るその顔はとても優しく、いつかの千夏さんに見せた表情を思い出した。
僕の胸がまたちくりと痛む。