TENDRE POISON ~優しい毒~
手にした赤い花束の花びらがひらひらと空中に舞い、黒かった僕の視界を赤に染め上げる。
いつの間にか、大学の構内から今勤めている高校の教室内と光景が変わっていた。
僕は鬼頭 雅を見下ろしている。
机に突っ伏して、長い睫を伏せ心地良さそうに眠る鬼頭を。
鬼頭は僕の授業中、寝ているか余所見しているか―――挑むように睨んでくるか。
いつもその三種類のどれかだった。
僕はため息を吐いて、
「鬼頭!」と彼女の頭上から声を掛けた。
呼ばれた鬼頭がゆっくりと顔をあげる。寝起きで目がうつろだ。
「(x+5)2。この公式を展開しなさい」
鬼頭は迷いもせずに
「x2+10x+25です」と鬱陶しそうに答えた。
わずらわしい何かを振り払うような、そんな淡々とした表情だ。
頭はいい。
数学じゃなくて、他の教科においてもだ。
でも優等生ではない。
頭がいいことをひけらかしてるわけでもない。人を見下してるわけでもなさそうだ。
でも鬼頭のどこかに彼女を退屈にさせる憂鬱の種がいつも潜んでいる。
それが何か、なんて僕には知る由もないが。
「鬼頭、一緒に帰ろうぜ」
昇降口で鬼頭と同じクラスの梶田が元気良く話しかけているのが見えた。
鬼頭は相変わらずけだるそうに
「えー、梶と?」なんて答えてる。
偶然僕がその場に居合わせて、すれ違う様にばっちり目があった。