TENDRE POISON ~優しい毒~
「海!」
鬼頭は車から飛び出ると、さっきの静けさはどこへやら両手をあげてはしゃぎだした。
年相応の反応が可愛く思える。
でも。
さすがに12月の海は冷える。
僕はトレンチコートの襟を立てて首をすくめた。
一方の鬼頭はブーツを履いてるとはいえ短いパンツであんな脚が露出してるのに、よくあんなに元気に走り回れるものだ。
「先生、早く~」
波打ち際で鬼頭が笑いながら手招きしてる。
僕は微笑みながらゆっくりと歩いた。
夜の海は真っ暗で、水平線の向こうが黒く沈んでいるように見える。
空に浮かんだ綺麗な形の三日月の明かりが、水面を照らして絵の具を滲ませたような淡い光を落としていた。
風も穏やかで、波が遠く近くでざざぁっと音を立てていた。
きれいだった。とても。
暗いだけの海だと思ったけど、その光景は僕が今まで見たどんな景色よりも
美しかった。
「せんせい」
それはきっと鬼頭がいるからだ。