TENDRE POISON ~優しい毒~

「先生……」


月の明かりをバックに、鬼頭が口を開いた。


黒い髪が風に揺れている。


海の匂いに混じってタンドゥルプアゾンが風に乗って僕の鼻腔をくすぐった。


「どうした?」




「“ひとえに水月をもちてねむごろに空観する”




……菅家後集(かんけこうしゅう)の言葉。先生の名前ってそこから来てるんでしょ?」



「よく知ってるね」


僕は面食らった。気づいたのは、鬼頭が始めてだ。



菅家後集とは藤原道真が作った漢詩集だ。


水に映った月を現して、転じて実体のない幻のことを詠ったものである。


名づけたのは母親で、まるで女の子みたいな読み方もその意味も僕は嫌いだった。





でも……


「きれいな名前。見て、月が水面に映ってる。なんてきれい……」


たなびく髪を押さえながら、鬼頭は水平線の向こう側を指で指し示した。


僕は鬼頭の横顔を見つめた。


白い頬にぼんやりと月の光が反射している。




きれいなのは……鬼頭のほうだ。










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