TENDRE POISON ~優しい毒~
チリン……と鈴の揺れる音が聞こえて、出し抜けに扉が開いた。
中から大学生ぐらいだろうか、“Sea Side”と書かれたエプロンを若い男が顔を出した。
男は僕たちを見て一瞬びっくりしたものの、
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様で?」
「あ、いえ。ちょっと服を……」と僕は言いかけたが、
「あの。今日は予約でいっぱいですか?」と鬼頭が口を開いた。
「1部屋なら空いてますよ」
男は人のいい笑顔をにこにこと浮かべた。
「じゃぁ泊まります」
「ちょっ!鬼頭!」
僕は驚いて鬼頭の横顔を見た。彼女の横顔は別段突発的なことを言ったようでもなく、いつもの何を考えているか分からない無表情を浮かべていた。
本当に何を考えてるのか……
でも、最初に泊まろうと言い出したのは僕だし、ここで止めるのはここのペンションの人にも鬼頭にも悪い気がした。
受付の帳簿に名前を書いて、男はすぐに木でできたルームキーを出した。
「お部屋にご案内します」
でも、正直嬉しかった。
まだかけられた魔法は解けない。
だけど僕は気づいていなかった。
魔法なんて最初から存在しないことを。
すべては巧妙に計算されたマジックに過ぎないことを。