TENDRE POISON ~優しい毒~
廊下を急いだ。
窓の外で雷鳴が轟いて、雨が激しく打ち付けている。
嫌な天気だ。
まるで僕の心情を表しているような……いや、もしかして鬼頭のかもしれない。
恨みと、憎悪に駆られた彼女の心のように、荒れ狂って。
“数学準備室”
全てはここで始まった。
僕はノックをせずに無遠慮に扉を開けた。
いくら鬼頭でもいきなり襲い掛かってくるなんて無粋な真似はしないだろう。
そう、いつだって彼女は狡猾過ぎるほど慎重に、こちらが驚くほど鮮やかに仕掛けてきたのだから。
室内は明かりをつけていない薄暗がりだ。
その中でタンドゥルプアゾンだけがふわりと香ってくる。
嗅ぎなれた香りなのに、今日はこの香りが妙に鼻につく。
鬼頭は、僕に背を向けて窓の外をじっと眺めている。
制服のポケットに手を突っ込み、ただ静かに、佇んでいた。
いくらかほっとした。
いつもの鬼頭だ。
「鬼頭……」僕が呼びかけると鬼頭はゆっくりと振り返った。
その顔に、驚くほど美しい微笑みを浮かべて。
まるで大輪の薔薇がゆっくりと咲き誇るその様子に似ていた。
しかし薔薇には棘がある。
「先生。早かったのね」