TENDRE POISON ~優しい毒~
振り返った鬼頭の手には赤い薔薇の花束があった。
「花束……?」
「これ?“お姉ちゃん”が大好きな花なの。プレゼントしようと思って。綺麗でしょ?」
鬼頭はうっすら微笑んだ。
今日は少し口紅を引いているのだろうか、唇がいつもより濃い色を浮かべている。
その赤い唇の端をゆっくりと持ち上げて鬼頭は笑った。
ぞくり……と背中に嫌な汗が流れる。
「鬼頭、お姉さんがいたのか?」
僕は内心の緊張を悟られないために、ゆっくりと足を前に進めた。
「うん。お兄ちゃんもいるよ。あたしたち仲がいいんだぁ」
こちらが拍子抜けするぐらい鬼頭は無邪気に笑った。
ほっと安堵して、歩調を速める。
「鬼頭……」
僕が鬼頭のすぐ近くまで近づいたときに、鬼頭は笑うのをぴたりと止めた。
「先生。お姉ちゃんは、あんたに裏切られて自殺をしたんだよ」
射る様な鋭い視線。まるでナイフそのものだ。
鬼頭が薔薇の花束を床に落とす。
バサリと音がして、鬼頭の手元に現れたのは―――
鈍い光を放つ包丁だった。
その切っ先は彼女の表情と同じぐらい尖っていた。
窓の外で一段と大きな音を立てて雷鳴が轟いた。
雷の光が輝いて、暗かった室内に鬼頭の白い顔が、まるで能面のような表情だけが浮かぶ。