TENDRE POISON ~優しい毒~

包丁の先がちょうど鬼頭の左胸の辺りを指し示している。


僕は目を開いて、思わず身を乗り出した。



「な……何を!?」


鬼頭は包丁を握ったまま僕をひたと見据えた。


「あんたが傷つくのは、あんたのせいで大切に思ってる人間が傷つくこと。あんたはあたしを愛してるって言った。


どう?愛した女が目の前で死ぬ様は。


最高の復讐じゃない?」



鬼頭の顔が複雑な表情を浮かべて歪んだ。


僕はこんな女の子を知らない。


こんな風に笑う女を知らない。


僕は一体彼女の何を見ていたのだろう。


まるで鏡の中に映ったもう一人の鬼頭……偽りの鬼頭しか見えていなかった。




鬼頭は興奮しているようでもなく、怒りに流されているわけでもなくあくまで静かだ。


その恐ろしいほどまでの冷静さに、僕は薄ら寒いものを覚えた。




「復讐なんてバカな真似は止めなさい。第一僕は楠と付き合っちゃいない」


僕は両手を挙げて宥めようとゆっくりと上下させた。








「そうだったらいいな」


ふいに鬼頭が目を伏せると、悲しそうに小さく笑った。


とても寂しそうな、微笑み。






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