TENDRE POISON ~優しい毒~
「……あたしは乃亜を裏切った。あんなに大好きだったお姉ちゃんを一番最低な方法で裏切った。
だからこんなあたし生きてたらだめなの」
鬼頭がまばたきを繰り返すたびに涙の雫が一つ、また一つと零れ落ちる。
僕も目頭を押さえた。熱を持ったように熱い。
鬼頭が僕に見せた愛情は嘘ではなかったんだね。
君を信じて良かった……
「そんなことないよ。楠は僕を好きだったわけじゃないんだから」
僕の言葉に鬼頭は首を横に振った。
「じゃぁ何で乃亜姉は目覚めないの!あたし……!こんなあたしが生きてるから乃亜姉は戻って来れないんじゃない!!」
ここで初めて鬼頭は大声をあげて、肩を怒らせた。
16歳の少女が見せるあまりにも普通の発言に、僕はようやくほっと安心を覚えた。
「楠が目覚めないのは鬼頭のせいじゃない。君は何も悪くない……。
ね。だから、そんなものを握ってないで、こっちに渡しなさい」
鬼頭は涙が浮かんだ目で僕を見上げた。
その瞳が少し迷いを含んでいるように見えたのは、気のせいか。
僕は一歩前に進み出た。
「さぁ」
しかし鬼頭は一歩後退すると、その顔に微笑みを浮かべた。
さっきの妖艶とも呼べる微笑ではない。
慈愛に満ちた温かい微笑み……
窓の外で強い光が放たれ、僕は一瞬目をかばった。
轟音とも呼べる雷鳴が轟き、地面が揺れた。
近くで落雷があったようだ。
「ごめんね、水月。ばいばい」
鬼頭は力いっぱい包丁を自分に突き立てた。
皮肉だね。
最期の最期になって……
初めて名前を呼んでくれた。