TENDRE POISON ~優しい毒~
◆午前5時のナイフ◆
◇◇◇◇◇◇◇◇
包丁を突き立てる瞬間―――
神代が「雅―――!!」と叫んだ気がする。
痛みは……ない。
死ぬって案外あっけないんだなぁ。
静まりかえった部屋で雫が落ちる音だけが妙に大きく響いた。
ポタッ……ポタッ…と。
そろりと目を開ける。
目の前に神代の苦痛に歪んだ顔があった。
何が起こったのか。
ゆっくりと手元をみやると、包丁の刃を神代が両手で握っていた。
握った手から包丁の刃を伝って赤い血が流れている。
水滴が落ちるような音は、神代の血が落ちる音だったんだ。
「……く……っつ…」
あたしは目を開いて、包丁の柄からゆっくりと両手を離した。
それと同時に神代の手からずるりと包丁が抜け落ちた。
カランと乾いた音を立てて包丁が床に落ちる。
「……せんせい……」
あたしは全身の力が抜けて、ずるりと床にぺたんと座り込んだ。
「君にはできないよ。僕に復讐なんて……
だって君は“優しい毒”なんだから」