TENDRE POISON ~優しい毒~
「聞いたって……」なにを、と続けようと思ったけど言葉は続かなかった。
そんなこと愚問だ。
「……ごめん」僕は俯いた。
千夏さんは柔らかい微笑みを浮かべて、首を傾けた。
「何で謝るの?謝る必要なんてないじゃない」
「……でも結局鬼頭と……」
軽蔑されるだろう。楽しい時間を過ごして、忘れていた。
まこも、鬼頭とくっついたことに何も言ってこなかった。
その現実に胡坐をかいていたのかもしれない。
こんなにも事実は常に目の前にあったのに。
「二人が想いあっているのなら当然じゃない。エマちゃんも流された自分がいけなかったって反省してたわ」
「いや……悪いのは僕であって…」
「誰も悪くないじゃない。
男女の関係なんていつも確たる何かがあって出来上がるものじゃないと思う。
もちろん、強い信念の元結ばれるのが一番だけど、あやふやな関係でできあがるのありじゃない?」
何だろう。
僕は教師だから、色んな先生たちを見てきた。
彼女の話しかた、リズムは教師のそれであり、また教師の言葉よりもしっくりとくる言葉だった。
レントゲン技師って言ってたっけ。
鬼頭の視線とは違う意味で、僕の中身が全てレンズを通して見通されているようだ。
「ようは今幸せかってことね。
エマちゃんとあんな風になってしまって、その後水月くんが不幸だったら、エマちゃんが身を引いたことも意味がなくなってしまうと思う。
今あなたが彼女に言うべきことは、『幸せだよ』って一言じゃないかな」
千夏さんのリップグロスを乗せたピンク色の唇が僅かに上がった。
綺麗に笑う人だ……と始めて気づいた。
そう言えば、千夏さんと1対1でゆっくり喋ることなんてこれが初めてだ。
千夏さんは焼酎のグラスをちょっと持ち替えた。
「あたしの方こそごめんなさい」