左手のエース
「ふぁぁぁ…眠い…。」




まだ薄明るい朝、あたしはジョギング用のスニーカーを履き、イヤホンを耳につけて玄関をでる。




「よかった。雨やんでる。」


あたしは空模様を確認して走り出す。











昨日はあまり眠れなかった。






"リョウの右腕はほとんど動かねぇんだ。"



"もう一生治ることはないらしい"





大地から聞いた言葉が心に渦巻く。


あたしは東亮太と出会った日からのことを、1つ1つ思い返していた。










屋上で初めて会った時、

ボールを拾ってと頼むあたしに、
アイツは手が空いてないと言った。



「……確かに…

左手はタバコ握ってたよね…」



あたしの足取りは重い。





思い返せば思い返すほど、
アイツはいつも右手をポケットに入れていた気がする。






タコ公園で見た時だって…


全部左手でボールを扱っていた。

それも、バスケが上手いが故だと思っていた反面、なんだか違和感も感じていた。







そして…

あたしがレギュラーの話をする度、アイツはいつも遠くを見つめていた。


その表情を思い返すと、あたしの胸はひどく締め付けられた。





「仕方ないじゃん…。
知らなかったんだもん。」




あたしは自分自身に言い訳するように呟き、耳にはめていたイヤホンを外した。

どんどん重くなる自分の感情に、明るい音楽はそぐわない。






そして、あたしはまたタコ公園の前で足を止めた。


< 27 / 67 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop