凶漢−デスペラード
ヤンがテーブルの傍らで、大皿に盛られた料理を古森と竜治に取り分けてくれた。

生まれてこの方、見た事も無いような料理の数々だった。

「しかし、澤村もいい若い者を持ったな。これからは、神崎君のような若くて実行力のある人間が、どんどん遠慮せず一線に出て貰わなければならん。そういう意味では、このヤン君も、将来を期待出来る若手実業家の一人と言える。」

古森はそう言いながら、ヤンを指差した。

「古森先生、我々はまだまだヒヨッコです。いろいろと御教授頂かなければならない事がいっぱいあります。」

古森とヤンの会話を聞いていて、竜治は自分の想像以上に二人の関係が親密である事に驚いた。

「神崎君もいろいろと苦労を重ねて、現在があるわけだが、このヤン君はな、今でこそ日本国籍も取ってこのように立派な店も経営しているが、二十歳になるかならないかの時に、生まれ故郷の中国を捨てて、右も左も判らない日本にやって来たんだ。お母さんが残留孤児という事もあって、そりゃもう我々の窺い知る事の出来ない苦労があったと思う。彼が日本に来てからの道程は、それこそわしらの時代と相通じるものがある。今時の日本人が失ったがむしゃらさというか、ハングリーさというのかなあ、そういったものを彼は持っている。そして、神崎君、君も彼と同様、今ではなかなか見られなくなったハングリーさを感じさせてくれる男のようだ。生まれた国も言葉も違う者同士が、実はこうして同じような力を持っている。世の中は、もはや日本人だの外人だの、ましてや中国人だのと言って狭い枠組みに閉じ込める時代では無いとわしは思っている。」

まるで演説でも聞かされているような古森の話しは、食事の間中続いた。

長い食事の締め括りにデザートが出された。

「わしはこの杏仁豆腐が好物でな、昔はなかなか出してくれる店が少なくて、わざわざ横浜迄食べに行ったものだ。さて、ここからが本題だ。」

そう言うと、古森はヤンを席に呼んだ。

「今、渋谷のみならず、都内の外人系エステが軒並み警察に狙われているのを知っているか?この一、二年でかなりの数の店が挙げられたが、その理由の一つに不法就労やカードのスキミング、盗難といった犯罪がある……」
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