凶漢−デスペラード
「で、神崎君の今後だが…」

と古森が竜治の話しをしだした。

聞きながら、竜治は自分の身柄が、実際の年齢より若く見えるこの引退した老人の手中にあるような気分になった。

竜治には、それを素直に受け入れるだけの順応さは無い。

理由の無い反抗心が、見えない形で燻り始めていた。

「私はこれ迄通り、与えられた事をやって行くだけです。」

竜治は、自分が言った言葉がまるで皮肉のようなものだと思いながらも、それを悟られまいとした。

しかし、言葉の言い回しが竜治の思っていた程、相手側には隠せていなかったのか、古森がやや渋い表情で、

「謙虚さも時によっては、美徳ではなく、悪徳になる事もある。もっと前に出ようという気持ちを押し出しても良いのではないかな。」

古森の言葉は、何かを暗示するかのように聞こえた。

「渋谷の表側は神崎君が、裏側は澤村君、そして、外国人達をヤン君がきちっとまとめて行く。そうすれば、今回のような事も起きなくなるし、尚武会に付け入る隙を与えずに、我々が盤石な体制を維持して行けると言うものだ。神崎君、これからも精進して下さいよ。」

終始、話しは古森が中心になっている感があった。

最後に、西尾が竜治に、

「これからも澤村君を支えて上げて下さい。」

と言って、その場を締めた。

それぞれ別れた後、澤村が竜治の肩に手を置き、

「まだ時間あるか?」

と聞いて来た。

「ええ。」

「もう暫く付き合ってくれ。」

いつの間にか、目の前にベンツが止まっていた。

車は、澤村の若い者が運転し、246から明治通りに入り、麻布方面に向かった。

澤村と竜治を乗せたベンツは、新一の橋の交差点を麻布十番商店街に入って行った。

坂の真ん中辺りでベンツは止まり、

「ここだ、ここだ。」

と言って、澤村は竜治を促した。

居酒屋というより、小料理屋のような店に二人は入った。

七、八人も座ればいっぱいになるカウンターとテーブル席が一つだけの狭い店内に入ると、

「お見えになってますよ。」

と、女将らしき女性が奥の座敷を指差した。

座敷には久美子が居た。
< 115 / 169 >

この作品をシェア

pagetop