凶漢−デスペラード
席に着くと、

「あんな顔触れの中じゃ、まともに腹は膨れねえよな。おい、足崩して楽にしろ。久美子と俺とで本当の快気祝いをしてやる。」

澤村なりに考えた心尽くしなのだろう。

素直に嬉しかった。

出て来た料理は、どの店でも見られるありきたりな物だったが、前の店で口にしたどの料理よりも、竜治には美味しく感じられた。

此処でも澤村は、最初の乾杯だけビールを一口飲んで、後は一切飲まなかった。

何と無く寛いだ気分になれた。

澤村が見せる表情も、これ迄余り見た事の無い穏やかなもので、久美子の醸し出す柔らかな空気も、竜治の気持ちを満ち足りたものにしてくれた。

そっと気遣いを見せる久美子と、それを遠くから見つめているかのような澤村……

澤村が軽い冗談を言い、竜治と久美子が笑った。

突然、取って付けた様に、

「お前達、一緒にならないか?」

と澤村が言った。

「もう義兄さんたら、いきなり何を言うのよ。竜治さんびっくりして困ってるじゃないの。」

「本気で言ってんだぜ。久美子だって満更じゃねえんだろ?神崎、どうだ?」

「はい、はい。ビール一口位なのに酔っ払ったの?冗談はお終い。」

久美子が顔を赤らめながら、この話しから逃れようとしていた。

その姿を見て、竜治は自分の気持ちがはっきりと何処に向かっているかが判った。

いや、前から本当は判っていた。
しかし、それを自分で認めていなかったのである。

「自分のような者が、果たして久美子さんに相応しいのでしょうか?」

竜治の言葉を聞いて、久美子は俯いてしまった。

澤村の眼が、じっと竜治を見つめている。

「死んだ俺の親父は女癖が悪くて、あちこちに女を囲っていたんだが、久美子の母親ってえのもその内の一人でな。こいつが小学生の時にうちに来た時は、年柄年中泣いてばかりいて、何てしち面倒くせえもん親父も抱えちまったんだと思ったもんだが…俺が大学を卒業する少し前にお袋が死に、親父は極道やってたからムショ務めで…俺がお袋を送ってやらなきゃならなかったんだ。久美子はそん時中学に行ってたんだよな……お袋を亡くし、オロオロしていた俺に代わって、こいつが健気にもいろいろやってくれたんだ……」

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